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名古屋高等裁判所 昭和42年(う)585号 判決 1968年7月10日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人北村利弥、同小山斉、同戸田喬康共同作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

控訴趣意第一点(訴訟手続の法令違反の論旨)について。

所論は、要するに、本件起訴状記載の各訴因は、いずれも特定されておらず、被告人の防禦権の行使に重大な影響を及ぼすことが一見明白であり、本件公訴提起の手続は、刑事訴訟法第二五六条第三項に違反し、無効であるにかかわらず、原判決が公訴を棄却しないで、本件につき、有罪の判決をしたのは、訴訟手続の法令違反の違法を冒したものである、というのである。

しかしながら、本件起訴状には、その公訴事実として、「被告人は、名古屋市昭和区鶴舞町四十三番地の一所在愛知県地方労働組合評議会事務所職員として同会機関紙『愛労評』の編集発行をなしているものであり、昭和四十年四月二十五日施行の名古屋市長選挙に際し立候補を決意し、且つ、立候補した近藤信一の選挙運動者であるが、右近藤に当選を得しめる目的をもって、第一、別表第一記載のとおり、立候補届出前である同年三月十二日頃より、同月末頃までの間、名古屋市港区昭和町十三番地全造船機械労働組合名古屋造船分会書記長山田孝明外五名に対し、愛労評一九六五年三月十二日九百六十号臨時大会特集号として第一面に『名古屋市長には近藤信一』と大書し、更に愛労評が名古屋市長選挙に近藤信一を推薦候補者として決定し、市長選挙の必勝を期す旨を記載し、同人の写真を掲げた選挙運動に使用する法定外文書合計五百四十部位を右愛労評事務局事務員等をして配布又は郵送させて頒布し、その際立候補届出前の選挙運動をなし、第二、別表第二記載のとおり同年四月十八日頃より同月二十四日頃までの間、同市瑞穂区瑞穂通り七丁目二十二番地名古屋金属労働組合書記長牧茂外五名に対し、愛労評一九六五年四月二十日付第九百七十号三頁として近藤信一の氏名を横に大書し『棄権なくみんな投票しよう』等と記載した選挙運動に使用する法定外文書二十八部位を夫々前記事務局員をして配布又は郵送させて頒布し、第三、別表第三記載のとおり同月二十日頃より同月二十三日頃までの間、同市中区天王崎町五番地日大印刷内全印総連愛知地方連合会執行委員長県貞一外十二名に対し、愛労評一九六五年四月二十四日付号外として『市長には近藤信一』と大書し、『革新市政の実現を』等と記載、更に、同人の写真を掲げた選挙運動に使用する法定外文書合計六千三百七十部位を前同事務局員をして配布させて頒布したものである」と、またその罪名ならびに罰条として、「公職選挙法違反、第一事実、同法第二百三十九条第一号、第百二十九条、第二百四十三条第三号、第百四十二条第一項、第二、第三事実、同法第二百四十三条第三号、第百四十二条第一項」と、それぞれ記載されており、更に、右の起訴状の末尾には、右の公訴事実第一、第二、第三にそれぞれ記載された各文書を、その頒布年月日順に、頒布先毎に分類し、その頒布枚数、頒布方法等を記載した各表をそれぞれ第一表、第二表、第三表として添付しており、右の各記載と原審第二回公判における原審検察官の釈明によれば、本件各公訴事実は、それぞれその各犯罪ごとに特定されていて、その日時、場所、方法等についても特に不明確な点がなく、本件各犯罪事実は、その訴因が十分に特定されているものといい得べく、被告人の防禦権の行使になんら支障なきものと認められる。所論は、前記各公訴事実は、それぞれ一罪として記載したのか、各頒布を受けた者ごとに犯罪が成立する併合罪として記載したのか不明確であるとか、本件各文書の頒布先が起訴状添付の別表記載の各労働組合宛なのか、同表記載の各個人宛なのか不明確であるとか、公訴事実では特定、少数者への配布を頒布といいながら、配布を受けた者をして不特定、多数のものに配布させる目的を有したか否か起訴状にその記載がないとか、また本件各文書の記事内容が公職選挙法第一四八条第一項で保障された報道、評論の自由の範囲をどの点で逸脱しているのか、起訴状の記載のみでは明らかでないなど、種々列挙して、本件各訴因が特定されていない旨縷々主張するけれども、その理由のないことは、原判決が「弁護人らの主張に対する判断」の項の「公訴棄却の申立について」と題する部分において詳細に説示しているとおりであり、その判断に過誤あることを認め得ない。所論は、ひっきょう起訴状記載の公訴事実を正解しないか、さもなくば、独自の見解に立って、本件公訴提起の手続を非難するものであって、到底採用できない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点および同第三点(いずれも事実誤認の論旨)について。

所論は、要するに、原判示各文書は、いずれも公職選挙法第一四八条にいう「新聞紙」であり、その記事内容も愛知県地方労働組合評議会(以下愛労評と略称する)が、その傘下の労働組合の組合員に対し、近藤信一を原判示選挙の推せん候補者に決定した旨を報道し、推せん支持の理由を明らかにして、これを支持するよう説得したものであったのにかかわらず、原判決が右各文書の中の一部の記事の取り扱い方や、体裁などをとり上げて、右各文書が前記法条にいう「新聞紙」に該当しないとか、その記事内容が法律で許容した報道、評論の範囲を逸脱したものであると判断したのは、いずれも事実を誤認したものである、というのである。

よって、案ずるに、記録によれば、なるほど、所論の機関紙「愛労評」が前記愛労評の機関紙であり、毎週二回定期的に発行され、その発行部数も一回につき、七、八千部の多数にのぼり、その発行費用は、愛労評傘下の組合員の組合費によって賄われており、また、記事の内容も、概ね、執行機関の意思決定の報道および愛労評が当面している社会的、経済的、政治的諸問題についての報道、評論であって、右の機関紙が公職選挙法第一四八条にいう「新聞紙」に該当すること、ならびに原判示の各文書が、それぞれ右機関紙の一部または、その号外として発行されたものであることは、所論のとおりである。しかしながら、原判決挙示の証拠、特に、押収にかかる「愛労評」一九六五年三月一二日付九六〇号臨時大会特集号一部(証第一〇号)、同「愛労評」一九六五年四月二四日付九七〇号二部(証第一、二号)および同「愛労評」一九六五年四月二四日付九七〇号号外二五五部(証第三ないし第八号)によれば、原判示各文書の外形、内容は、それぞれ原判決認定のとおり(ただし、原判示第三の事実中「横約一二・五センチメートル」とあるのは、「横約一八センチメートル」の誤記と認める)であって、その各記載内容のうちには、所論の報道的な記事がないわけではないが、右各文書の外形、内容全体を通じてみれば、同各文書は、いずれも、原判示の名古屋市長選挙に際し、立候補を決意し、かつ立候補した近藤信一という特定の公職選挙の候補者に当選を得しめるため、選挙権者に対し、同候補者に投票するよう依頼し、または勧誘することを内容とした選挙運動のために使用する文書であると認められる。而して公職選挙法第一四二条第一項にいう選挙運動のために使用する文書(いわゆる法定外文書)とは、当該文書の外形、内容自体からみて、選挙運動のために使用すると推知されうる文書をいうものと解すべきであり(最高裁判所昭和三六年三月一七日第二小法廷判決、最高裁刑事判例集一五巻三号五二七頁参照)、また、新聞紙または雑誌に掲載された記事が公職選挙法第一四八条にいう「選挙に関する報道、評論」に該当するからといって、その新聞紙または雑誌が、同法第一四二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書、図画」たる性質を有しないものであるとは、到底いい得ないから、原判決が原判示各文書をそれぞれ右の公職選挙法第一四二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」に該当すると判断した点に、所論のごとき違法はいささかも存しない。所論は、原判示各文書が公職選挙法第一四八条にいう「新聞紙」に該当し、これら文書に掲載された記事の内容も、同法条において、自由になし得ることを認められている選挙に関する報道、評論の範囲を逸脱したものでない旨縷々主張するけれども、原判示各文書の外形、内容は、さきに説明したとおりであって、右各文書が、所論のごとく単に選挙に関する報道ないし評論を掲載したに過ぎないものであるとは、とうてい認め難く、むしろ、右各文書は近藤信一なる特定候補者の当選を目的とした単なる宣伝文書に過ぎないというも過言でない。それ故、右主張はとうてい採用できない。その他の所論は、ひっきょう独自の見解に立って、法理論を展開し、原判決の事実認定を非難攻撃するものであって、これまた採用できない。論旨は、いずれも理由がない。

控訴趣意第四点(理由不備ないし法令適用の誤りの論旨)について。

所論は、要するに、原判決は、その「罪となるべき事実」中において、原判示各文書がいずれも愛労評の機関紙として発行されたものである旨認定しながら、本件につき、公職選挙法第二四三条第三号、第一四二条第一項を適用処断しており、これは明らかに理由不備、理由のくいちがい、または法令適用の誤りの違法を冒したものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係対応証拠を総合すれば、原判示各事実(ただし、原判示第二の事実中「名古屋金属労働組合書記長牧茂外五名」とあるのは、「名古屋金属労働組合書記長牧茂外四名」の、また原判示第三の事実中「横約一二、五センチメートル」とあるのは、「横約一八センチメートル」のそれぞれ誤記と認める)は、すべてこれを認めるに十分である。而して原判示各文書が、いずれも公職選挙法第一四二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」に該当することは、さきに説明したとおりであり、また同法条によって頒布が禁止されている文書は、同条に規定する通常葉書すなわち選挙無料郵便物以外の選挙運動のために使用するすべての文書・図画を指称すると解すべきであるから、原判示各文書が所論の愛労評の機関紙の一部またはその号外として発行されたものであるというだけで、直ちに同各文書が公職選挙法第一四二条第一項にいう「選挙運動のために使用する文書」でないというわけにはいかない。それ故、原判示各文書を原判示のとおり頒布した被告人に、同法第二四三条第三号等の罪の刑責の存することは明らかであり、原判決が本件につき、所論の公職選挙法第二四三条第三号、第一四二条第一項等を適用処断したのは、まことに相当であって、記録を精査検討してみても、原判決に所論のごとき違法はいささかも存しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点(事実誤認の論旨)および同第六点(法令適用の誤りの論旨)について。

所論は、要するに、原判示の機関紙「愛労評」は通常配布先の組合事務所から、支部事務所を経て分会に至り、更に、班組織を通じて、読者である各組合員に手渡されるのが常態であるから、本件が公職選挙法第一四二条第一項にいう「頒布」にあたるというためには、少くとも原判示文書の配布が、それぞれ右の分会ないし班の段階に至ってはじめていえることであるのにかかわらず、原判決は、原判示文書が単に組合事務所に配布された段階において、既に右の「頒布」があったものと認定しており、これは明らかに事実を誤認し、ひいて法令の解釈適用を誤ったものである、というのである。

しかしながら、原判決挙示の関係対応証拠を総合すれば、原判示各事実は、すべてこれを認定するに十分であることは、さきに説明したとおりであり、公職選挙法第二四三条第三号の文書頒布違反罪は、同法第一四二条に規定する通常葉書すなわち選挙無料郵便物以外の選挙運動のために使用する文書図画を不特定または多数の者に配布することによって成立し、その直接配布を受ける者が少数であっても、その者をして、更に不特定または多数の者に配布させる目的で、少数の者に配布する場合も同条の頒布に該当すると解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年三月三日第二小法廷判決、最高裁刑事判例集一五巻三号四七七頁参照)から、被告人の本件各所為がそれぞれ公職選挙法第二四三条第三号、第一四二条第一項に該当することは明らかである。それ故、これと見解を等しくする原判決の事実の認定および法律の適用は、まことに相当というほかなく、原判決に所論のごとき事実の誤認もなければ、また法令の解釈適用の誤りも存しない。所論も亦、ひっきょう独自の見解に立って、原判決が適法になした事実の認定および法律の適用を非難攻撃するものであって、とうてい採用できない。論旨はすべて理由がない。

よって本件控訴は、いずれの観点からしても、その理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却すべく、当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文に従って、これを全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 藤本忠雄 服部正明)

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